【書評】「十七歳の硫黄島」

十七歳の硫黄島 (文春新書)

 

硫黄島に向かっているなら、地獄行きだぜ――。”

十七歳、秋草鶴次は通信兵として硫黄島に上陸した。米軍の日本本土への上陸を防ぐため、兵士たちに下された命令は「一日でも長く、硫黄島を守る」こと。二万一千人余りの兵のうち、生還したのはわずか千二十三人。太平洋戦争のなかでも、もっとも凄惨と言われる硫黄島の戦いを生き抜いた、一人の若き兵士に焼きつけられた戦争の記憶とは…。

 

個人的おすすめポイント


 

1. 「硫黄島の戦い」その実態

 東京から千二百五十キロ 南に位置する硫黄島。日本本土への効果的な攻撃を可能にするため、米軍にとって硫黄島はどうしても手に入れたい拠点でした。逆に島を守り抜き、米軍の本土上陸を防ぎたい日本軍。小さな島でのこの攻防戦は激戦となります。通信兵の秋草さんは武器を持ちません。それでも情報を収集するため、戦場の真っ只中で戦況を見守ります。撃たれ、散っていく仲間の身体。彼らの「おっかさん」という死に際の絶叫。戦況が悪くなるにつれ、自らにも忍び寄ってくる米軍の手。友人も失い、やがて逃げ場さえもなくなり、水も食料も底をつき、ただ生きるのでさえもギリギリのところまでくる。思わず目を背けたくなるほど、追い詰められていく日本軍の様子が鮮明に描かれています。

 

2.「十七歳」凄惨な戦場とは裏腹の純朴さ

通信兵の秋草さんは、戦いの最中で何度か武器を手にすることがありますが、結局最後までそれを使うことはありません。壕にこもり、ひたすら情報収集に徹します。友人と日々励ましあい、外で戦う日本兵に「がんばれ、がんばれ」と声援を送り、散っていった仲間には「ご苦労様でした」と涙をこぼす。過酷な戦場の中で、その純粋さと優しさは一層、際立ちます。十七歳。若い青年の強烈な体験が、戦争の残酷さを私たちにまざまざと知らしめます。

 

感想


 

秋草さんは硫黄島での体験を、戦後、膨大な量のノートと原稿を使って書き留めたそうです。「どうすれば死んだ者に報いることができるのか」その思いを胸に綴られた記録は、とても耐えがたいものではありますが、目を背けず、真正面から向きあわなければならないのだと思います。 

 

 

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