【書評】「むらさきのスカートの女」

 

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

 

わたしの町には「むらさきのスカートの女」がいる。いつもむらさきのスカートを穿き、小柄な体型、艶のない垂れ下がった黒髪。週に一度パン屋でクリームパンを一個買い、それを公園の専用シートで食べる。ちなみに彼女の家ならとっくの昔に調査済みだし、仕事の事情も知っている。いきなり声をかけるより、まずはちゃんと自己紹介をしたほうがいいだろう。自然に、例えば、同じ職場に勤める者同士として。つまり何が言いたいのかというと、わたしはむらさきのスカートの女と、友達になりたい。

 

個人的おすすめポイント


 

1.  むらさきのスカートの女

彼女にまつわるジンクスがあるほど、町の中で知らぬ者はいないという「いつもむらさきのスカートを穿いた女」。こう始まっては、むらさきのスカートの女に特殊なものを感じますね。しかし、新しい職場での自己紹介、むらさきのスカートの女は自分の名前を自然に口にします。さらに仕事が始まり、周りと打ち解けていく彼女は生き生きとしていて、どこにでもいそうな若く素直な女性。語り手である”わたし”が「むらさきのスカートの女」と呼び続けるのにも違和感を覚えるほど、最初の頃の暗い面影がすっかりなくなっていくのです。むらさきのスカートの女は、実は普通の女性だった…。しかし、この物語にはもう一人、一風変わった人物が登場するのです。

 

2.黄色いカーディガンの女

むらさきのスカートの女と対をなすように現れる「黄色いカーディガンの女」もとい、語り手の”わたし”。とはいえ、周囲には全く認知されていないようです。”わたし”がどういう女性なのか、その年齢や交友関係など、実は作中でほとんど明かされません。しかし、彼女のむらさきのスカートの女への執着がとにかく恐ろしい。同じ職場で働けるよう画策し、むらさきのスカートの女の言動を一挙手一投足把握している。おかげでこの物語は黄色いカーディガンの女によるむらさきのスカートの女の”観察日記”と化しているのですが、異常な女性が普通の女性を執拗に観察している、というどこかちぐはぐな構図に。”わたし”のねらいはたった一つ、むらさきのスカートの女と友達になること。……もはやストーカーですね。

 

感想


 

一言でまとめるなら、この小説は「むらさきのスカートばかり穿いている女の観察日記」とでもなるのでしょうか。しかし話が進むにつれて彼女はいたって普通の女性になり、「むらさきのスカートの女」と揶揄されるような人物からかけ離れてゆくのです。名前を名乗り、人間味が出てくるほど個性がなくなっていくように思えるのは面白いですね。そして「じゃあ、この話は一体なんなんだ?」と思いそうになるところで異常性を増していく”わたし”。個性を隠した存在ながら、読み終わってみれば一番個性的な登場人物だったのではないでしょうか。

淡々としながらどこかコミカルな感も否めない、著者今村夏子さんの芥川賞受賞作品です。

 

 

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